おにぎりの逆襲

I can do it!私は幸せになるために誕生した!

御守り

軟骨ピアスをあけました。

 

私は、目立つことを好みません。特に集団から一斉に目線を向けられるともう心臓ばくばくです。 平和な小学校を卒業し中学生になった頃、先生や同級生の視線を独占する金髪の所謂ヤンキーをちらほらと見かけましたが、私は彼らの気持ちが全く理解できませんでした。金髪にしたのは目立ちたいから?それともかっこいいと思うから?だとしたら逆にダサくない?どうせ、すぐに黒染めさせられるのに。その様が権力に屈服したみたいでなんだかなって。


私は、少女なりにその時代の流行りの髪型を楽しみつつ、中2以降は一環として髪の毛はロングを貫いています。理由は、なんだか美少女感が増す気がしたから。なにより、陽に当たると少し赤みがかって茶色に見える自分の髪の毛は特別に思えて気に入っていました。

 

しかし大学生になる前の春休み、自慢の地毛を貫くと高らかに掲げていたプライドを一瞬で捨て、その他大勢の女子大生になるべく、大方がいいね!と言ってくれそうな無難なこげ茶色に髪の毛を染めました。そしてネットで散々ネタにされてきた茶色のゆるふわヘアーに花柄ワンピース、グラディエーターサンダルを履いた量産型女子大生集団の一味となりにいきました。

 

中高生頃の私はとにかくアイメイク命で、KATEのジェルライナーで睫毛と睫毛の間の粘膜を黒く埋めることに心血を注ぎ、眉毛を描いたことがありませんでした。そのため大学1年生の春、私は染めた髪の毛のせいで初めて青いと感じた眉毛をそのままに、目だけは気合バキバキの黒で塗り固めたイオンに溜まるヤンキー風メイクでスタートを切りました。その当時、きっと化粧歴を淡々と積み上げたお姉様方からしたら、お直ししてあげたいと思うようなちょっぴり残念な女子大生でしたが、それでも私は着飾る自分に少し大人の自分を感じ、うきうきしていました。

 

大学でほんの少し知り合いが増えてきたころ、背が高くて色白のかわいい子に出会いました。その子はグラデーションカラーをしていて、ハイトーンの髪の毛がとても似合っていました。大袈裟かもしませんが、他の子とは違うんだろうと思わせるようなオーラが私には見えました。

 

私は適当に選んだ近所の美容室でグラデーションカラーを注文しました。ブリーチという単語も知らないままに。そしてオレンジと黄色のツートーンの女子大生になりました。今で言う鬼滅の刃の善逸のロングバージョンです。想像していた仕上がりとあまりにもかけ離れていたため無難な愛想笑いを残し、退店しました。とにかく、顔の色がドブ色になり戸惑いました。そして本能的に眉毛の色を変えなくては、大学での人権がなくなると思い、その足でマツキヨに向かいその後も神器として活躍し続ける眉マスカラを手に入れました。服は黒以外何を合わせたらいいか分からないくらい髪の毛の主張が凄かったです。大人しくて気の優しい男の子が、目を見て、その髪色は似合わないと思うと教えてくれました。安心してください、自覚してますよ。

 

しかし、当時から働く気力が希薄な私はアルバイトデビューする気がなくお金がなかったので、暫くの間は当時の時代の何歩も先を行く善逸系女子大生として過ごしていました。

 

そして私の日常に些細な変化が起きます。

 

朝の一限に遅刻しないために乗る満員電車で痴漢にあいません。狭い道で絶対道譲らないマンに遭遇することがなくなりました。髪の毛の色を明るくするだけで人とぶつからずに歩けるようになるなんて。私は、今まで真っすぐ歩くことすらできていなかった事に18歳で気づきました。そして、キャバクラのスカウトをめちゃくちゃされるようになりました。

 

そんなことがきっかけで私は、人は勝手に人のことを想像して勝手に人のことを判断する生き物なんだということを認識しました。中学生の頃の私が無意識にそうしたように。

 

そうなると、いよいよ外見に対して大多数の他人の評価を気にする必要性がありません。どう考えても自分が良いと思える外見が最高に決まってるでしょ。どうせいつか世間と闘うときがくるならば、自分の好きな自分でいるために、歯喰いしばって主張したい。自分の「良い」の気持ちは自分で守らなければ。

 

ちなみに、ピアスの数は耳たぶのピアス1つずつが普通で、それ以上の数や軟骨ピアスをしている人はメンヘラだと思われて男ウケが悪い、という意見が大多数の世間の声らしいと見かけました。まあ、知ったこっちゃないですよね。私は私の耳に軟骨ピアスをつけたら、より可愛くなるに違いないと思ってしまった。だから私は軟骨ピアスをぶち抜きました。軟骨ピアスをした私をどんな人間と思うかは、みなさんの好きに想像してください。

 

自分の「良い」を大切にした結果がいま私の耳に光り輝いています。きっとこれからもその可愛さとキラキラの金色で世間の雑音をはねのけて私を守ってくれるはず。

3%

人生の加速度あげていきます!

 

私は自分の人生をインプット98%、アウトプット2%で構成してきました。幸せになるには、まずは必要な知識を集めることから。きっとそれが一番効率的でスマートな方法だと信じできたからです。

 

広ーく浅ーく普遍的な情報をキャッチしつつ、興味のもてた分野はのめり込んで追及しました。が、それらが私の人生に好機をもたらしたかというと、おおよそ残念ながらほぼ無いに等しいと思います。とんでもない世間知らずのお嬢ちゃん、とは思われないくらいなものでしょうか。インプットに人生の98%を費やしてると言う割には、私の人生に還元されたものは費やした時間に見合っていないのではと最近気づいてしまいました。私は正真正銘の強欲な女なので。

 

自分らしく生きるために、お金持ちになるために、夢を叶えるために、とベストセラーになった有名な書籍を読むと大体同じことが書いてあります。そして、その最後には「あなたの願いを叶えるための秘訣はこの一冊にまとめてあります。この本であなたが幸せになるかどうかはあなたが教えの通りに行動を起こすかどうかです」と。

 

どうやら物知りになっても行動でしか人生は変わらないらしいです。

 

でも私はやらない言い訳を見つける才能が天下一品級です。石橋を叩いて叩いて叩きまくって叩き割るタイプの人間です。決して石橋を渡りません。誰かに不意を突かれたり、石橋だと思わずうっかり渡ってしまった時を除いて。

 

よくいえば完璧主義というのでしょうか。なんだかクールで聞こえがいいけれど、結局はただの自己保身です。時間の大切さを学んでおきながら、もし自分の望み通りの結果にならないとき、今までそれに費やした私の時間は無駄になってしまうではないか、であればここに留まるべきだと反射的に自分に言い聞かせてしまいます。そして、まずは準備をしよう、準備が整ったらその時は堂々と石橋を渡ってやる!と自分に誓います。が、私の準備は永遠に整いません。

 

この1年ひきこもり続ける中で、何度も「あー、人生のレールから外れたな」と思うことがありました。ネットには職歴が半年空いたら書類はまず通らない、正社員は難しいからアルバイトから徐々に身体を慣らしていくのが最善だと書いてありました。それを見て私はもう少しで職歴に半年間空白ができてしまう、今行動して内定をもらえなければもう自分は普通に戻れない、これまで慎重に選んで我慢しながらも頑張って生きてきたのにどうして、と思いつつ、体は動きませんでした。

 

時間薬とはよく言ったもので離職期間が丸1年を迎える頃、もう1年も1年半も2年も大して差はないだろう、そもそも私の人生にレールなんてないと思うに至りました。やらない理由を見つける天才の私は就職活動をやらなくてすむ理由を見つけてしまいました。

 

でもこのままひきこもり続ける自分を良しとした訳ではありません。私はもっともっと幸せになるべき存在だと信じているので!

 

だからこれからは行動をすることにしました。興味のもったものから順々に。そのひとつがこのブログです。今までの自分、今の自分、これからの自分を記録したくなりました。約1年前は自分の存在が初めからなかったことにならないか、日々神様と交渉を重ねていたのに、我ながら驚きの心境変化です。 

 

誰の目にも届いていないだろうこのブログ、でも世界中のみんなが見ることのできるこのブログを開設して鍵をかけずに記事を投稿したことが私の小さな第一歩。人生のアウトプット比率が1%増加した瞬間です。おめでとうございます!

 

初投稿記事に鬱々とした私を想像した人もいるかもしれませんが、私はいま自分の人生史上一番前向きに未来を見据えています。

はじめまして。おにぎりです。

無職期間がとうに1年を過ぎました。

 

携帯代やら健康保険料やら年金やら、欲しいものは買わなくても貯金は毎月減っていくし、彼氏はいないし、友達には今何しているか聞かれるのが嫌でLINEの調子悪いとかスマホイカレてきたとか適当なこといって意図的かつ計画的に音信不通になったアラサー実家暮らし女です。

 

毎日Twitterとインスタとyoutubeと電子漫画を延々と巡回し1日のスマホのスクリーンタイムは優に10時間を超えていて、ブルーライトで目はギンギンだし、一日中寝転がっているから疲れないし、全然眠くなりません。当たり前に昼夜逆転生活が始まるため基本2日単位で生きています。

 

私のこれまでの人生はきっとそれなりに順調で特別な地獄を見たわけではないけど、それなりに毎日が楽しくて苦しくて、でも年齢があがるにつれて少しずつ楽しいが減って、少しずつ苦しいが多くなって、それが積み重なって、なんだか死にたいなと考える日が多くなりました。

 

夜、家のベッドで繰り返し泣く日々に、ある日めんどくさくなって、それで、よし、死のうと思って首にひもを巻き付けてみたら、首に心臓が移動したのかと思うくらいに首がばっくんばっくんしてきて、次に何故だか耳の奥の方がかゆくなりました。

 

死ねなくて、それで仕事辞めました。

 

今思えば私の涙の原因が仕事だけな訳ないんですけど、その時はほぼ衝動的に。

 

辞めたら、もう解放感がすごくて!!とはならず、なんだか仕事を辞める前よりもっと死にたくなりました。私の存在が最初からなかったことになればいいのにって。

 

死にたい、でもどうせ自分で死ぬことなんてできない。だから、何も考えたくなくて、何も考えられないように文字通りいっぱいいっぱいいっぱい寝ました。

 

外から見ればきっとただのひきこもりニートだけど、家から一歩も出ないながらに、自分の中では紆余曲折ありながらの今日この頃です。

 

世間では空白期間と呼ばれているこの時間が実はとても意味のあるものだったのかもしれないとようやく思えるようになり、初めての投稿とさせて頂きます。